社会保障

 

1、総人口の20%(2560万人)を突破
 第二次世界大戦までのわが国の平均寿命は50歳代であったが、戦後、飛躍的に伸び、男子は約79歳、女子は約85歳となった。これは主要先進国の中でも最も高い水準にある。70歳は古稀といわれるが、まさに70歳まで生きることは、古来稀なことであった。

 長寿は確かにめでたい。しかし、未曽有の高齢社会を目前にして喜んでばかりもいられない。人生80年。社会の第一線を退いてなお20年もの時間がある。はたしてその間人々は幸せに暮らしていけるのだろうか。
 まず第一に「生活費」の問題がある。定年後、収入が途絶えたあとどのように生計を立てたらよいのか。第二に病気になったときの「医療費」の問題もある。年をとれば誰だって病気になりやすい。安心して医者にかかれる保障があるのだろうか。第三に万が一寝たきりになったときの「介護」という問題も深刻である。また、寝たきりにならなくても、車椅子生活をしなければならなくなったとき、はたして自由に町を歩けるであろうか。

 平均寿命が短く、かつ大家族制が一般的であった頃にはほとんど問題とならなかったこれらのことが、今、急速に社会問題化しつつある。総務省によると65歳以上の人口 は2560万人であり、総人口の20.04%に達したという(2005年)。そのうち、75歳以上は10%を占める。

 日本の高齢化の特徴は、そのスピードが非常に速いことである。65歳以上人口比率が7%から14%に達する所要年数は、アメリカが65年、イギリスが45年であったのに対し、日本ではわずか25年であった。厚生省は2020年の65歳以上人口を約24%と予想している。高齢者人口の比率が増大する背景には、合計特殊出生率(一人の女性が生涯のうちに産む子どもの数)の低下がある。 2006年の日本の合計特殊出生率は、1.32という低さであった。高齢化問題は、裏を返せば少子化問題でもある。

(注)高齢化社会の定義
 厳密に言うと、65歳以上人口が全体の7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、21%を超えると「超高齢社会」と定義される。しかし、実際はあまり厳密に区別しないで使うことが多い。

 

2、社会保障の二つの源流
 古来、社会福祉(保障)は地縁・血縁関係の中で行なわれてきた。ときには権力者の慈悲でなされることもあった。しかし、近代に入って資本主義が発展し、貧富の差の拡大・失業・労働問題などが発生すると、これらを社会的に解決していこうと考えられるようになった。

 社会保障の起源を財源別に分類すると、次のような二つの流れがある。

税金でおこなう  一つは1601年の「エリザベス救貧法」の流れを汲むもので、社会保障の財源を税金に求めるものである。これはイギリスをはじめ北欧に多いので北欧型と呼ばれる。
社会保険でおこなう  もう一つは、ドイツのビスマルクの社会保険政策の流れを汲むもので、財源を社会保険制度に求めるものである。これはドイツやフランスに典型的にみられることから大陸型と呼ばれる。日本の社会保障は大陸型に近い。

 ちなみに「社会保障」という用語が初めて使われたのは、1935年のアメリカの社会保障法である。

 第二次大戦後、ケインズの「大きな政府」論が支配的になると、国家による社会保障政策はより積極的に展開されるようになった。社会主義という強力なライバルが登場したことも、資本主義国家の社会保障を発展させる一因となった。


日本の社会保障
 わが国の社会保障制度は1922年の健康保健法(1927年施行)を皮切りに、おもに第二次大戦後、逐次整備されてきた。現行の体系は
  ・社会保険
  ・公的扶助
  ・社会福祉
  ・公衆衛生
 
の4つを柱としている。このうち公的扶助、社会福祉、公衆衛生は全額税金でまかなわれ(後期高齢者保険は除く)、医療や年金は保険でまかなわれている。 2005年度の社会保障給付費約88兆円のうち、約85%が年金と医療費で占められている。

 

3.1 社会保険
(医療保険)
 風邪を引いて病院に行った。窓口で健康保険証を見せて治療費として3000円を支払った。さて、病院に入る医療費はいくらであろうか。正解は、1万円である。残りの 7000円は保険から支払われる。

 人間が生きているかぎり、「もし病気になったらどうしよう」という心配をだれしも持つ。そこで、いざというときのために、健康な人も含めたすべての人が保険に加入し、毎月保険料を納める。そして万が一病気になった場合、治療費の一部(7割)を保険から支払う。そうすれば本人の負担は軽く、安心して治療を受けることができる。この仕組みが医療保険制度である。

 憲法は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(第25条)とうたっているが、このことを担保するために1958年に国民健康保険法が成立し、その後1961年に国民皆保険が実現した。
 日本の医療保険制度は、被保険者がどのような仕事に従事しているかによって所属が異なる。

国民健康保険 5163万人 農業・医師・自営業の人や会社を退職した無職の人、およびその家族が加入する
組合管掌健康保険組合 3012万人 主として大企業のサラリーマンおよびその家族を対象とする
政府管掌健康保険 3565万人 主として中小企業のサラリーマンとその家族を対象とする
共済組合 959万人 公務員・私立学校の教職員およびその家族が加入
船員保険 17万人 船員とその家族をを対象とする
後期高齢者医療制度 1387万人 従来の老人保健に代わり、2008年4月より導入。75歳以上が対象。
 


 現在の1年間の国民医療費は約32兆円。これは、国民一人当たり約26万円かかっていることになる。今後、高齢化の進行・医療の高度化とともに、医療費はますます増加するものと思われる。

 ところで、この制度には一つ問題点がある。 サラリーマンや公務員が定年になると、健康保険組合や共済組合の組合員資格を失い、国民健康保険に加入し直すことになる。この結果、国民健康保険には高齢加入者が集中してしまう。

 そこで、国民健康保険の負担を軽減するために1982年、老人保健制度が導入された。75歳以上の高齢者にかかるいわゆる高齢者医療費は国民医療費の約3分の1を占める。ここをどのように減らすか。
 2008年から老人保健制度は後期高齢者医療制度に改められた。しかし、今まで扶養家族に入っていた人からは保険料を取っていなかったのに対し、、新制度では、税金が5割、現役世代からの仕送りが4割、残りの1割を75歳以上のすべての高齢者から保険料を取るとことにしたため、批判が集中した。

 

(年金保険)
 一昔前は「子供と貯金」が老後の生活保障であった。しかし、現代では子供は頼りにならない。老後の頼りとなるのは「貯金と年金」である。わが国では1959年の国民年金法の制定により1961年から強制加入・保険料徴収がなされ、国民皆年金が実現した。1986年からは全国民に共通の基礎年金制度が導入され、現在の2階建ての制度となった。平均的なサラリーマンの場合、月額約23万円が支給されるように設計されている。年金には、基礎年金(国民年金)、厚生年金、共済年金の3種類がある。

 基礎年金  20歳以上のすべての国民を対象とする。自営業者らの場合は国民年金と呼ぶ。自営業者・学生などは第1号被保険者、会社員・公務員は第2号被保険者、専業主婦は第3号被保険者と呼ばれる。
 20歳から60歳まで、原則として40年間、毎月定額の保険料を払い続けることによって、65歳から年金を受け取ることができる。支払う保険料は月額1 4410円で、一方65歳から受け取る年金額は、月額約6万 6千円となっている。ただし、受け取る年金額は加入期間に応じて決まり、加入期間が短い人は減額される。平均支給額は4万6千円である。
 厚生年金  民間サラリーマンが加入する。基礎年金を1階部分とすれば、厚生年金は1階に上乗せされる2階部分を構成する。年金額は、現役時代の給与に比例して決まる報酬比例である。現在の平均的な年金月額は、1階・2階部分を合わせて約17万円である。これに妻の基礎年金を合わせると夫婦の年金額は約23万円になる。年金の支給開始年齢は現在は60歳であるが、2001年からは段階的に引き上げられ、2013年からはすべて65歳支給となる。また、一部の大企業では、3階部分に相当する企業年金を独自に設けているところもある。
 共済年金   公務員などを対象とするもので、厚生年金などと同じく2階部分を報酬比例で構成する。平均支給額は約20万円で、支給開始年齢は原則として65歳である。

 年金保険については次のような問題点がある。

 @社会保険庁のずさんな記録管理
   
台帳とコンピュータの記録が一致しないデータが5000万件あるとされる。

 A保険料の滞納問題
   国民年金の第1号被保険者(約2190万人)は、サラリーマンと違って、自ら
   納入手続きをして保険料を収めるため、滞納が起こりやすい。現在未納 徴
  収率は
63.9%(2007年度)にとどまっており社会問題化している。貧困を理由
  に払えないとする人のほか、医師などのように経済的に恵まれており保険を必 
  要としないため加入を拒否している人もいるといわれる。 また、若い世代で
  は、毎月14410円を40年間払い続けたとしても、自分たちが受け取るのは
  40年先であり、その頃には払った金額に見合った年金を受け取れないのでは
  ないかという年金に対する制度不信も根強く、そのため保険料を納めない人も
  かなりいると見られる。

 B厚生年金に加入していない企業が多数存在する。
   
年収の13.58%の保険料を労使が折半するため、企業がその負担を嫌っ
   て厚生年金に加入しないケースが見られる。260万社の企業のうち100万
   社が加入していないともいわれる。
 
 

(介護保険)

(1)介護保険導入の背景
 介護保険は2000年4月に登場した新しい保険制度である。高齢化社会になってまず心配されるのは、自分の親が寝たきりになった場合である。高齢者の4割近くが 、亡くなる前の半年間は寝たきりになるという。子どもの数が少なくなった今日、一人っ子どうしの結婚では、4人の親の面倒をみることになる。この場合、寝たきり(ときには痴呆)になる確率はかなり高くなる。

 親が寝込んだ場合、従来は長男(実際はその妻)が看てきた。しかし、家族介護の大変さは経験した人でないとわからない。なにしろ24時間・365日、休みがない。しかも、そういう状態が何年続くかわからない。子育てなら先の見通しも立つ。しかし介護は、この先10年続くのか20年続くのか、見通しがまったく立たない。そのうえ痴呆 をともなうと、もはや「介護地獄」である。次のような事例が報告されている。

  ・トイレの場所がわからず所構わず用を足す。
  ・徘徊をし行方不明になって大騒ぎになる。
  ・昼夜逆転のため夜になると大声でわめきだす。

 一方、介護に疲れ、老人を虐待するケースもある。
  ・おむつを取り替えない。
  ・罵声をあびせかける。
  ・つねる。暴行を加える。
  ・食べさせない。
  ・世話をすることを放棄する。

 親が子を育てるのはすべての動物の本能である。しかし子が親を介護するのは人間だけである。親は子にお金をかけるが、子は親にはなるべくお金をかけないでおこうとする。

 これまで「寝たきり」の問題は平均寿命が短かったことや大家族制であったことから、大きな問題にはならなかった。しかし、 現代のように高齢化と核家族化が進むと、高齢者を家族介護で支えることはもはや不可能である。 90歳以上になると、子どもの方が先にダウンすることもある。高齢化社会の介護を社会的にサポートすることを考えるしかない。

 高齢者を家族介護で支えきれないとすると、解決方法としては、
  @老人施設に入れる、
  A病院に入れる、
  B在宅福祉を充実させる

 などの方法が考えられる。現在日本には、4442ヵ所(約30万人収容)の特別養護老人ホームをはじめ、各種の施設が整備されている。しかし、このような施設はまだまだ不足しており、希望してもなかなか入れてもらえないのが現状である。また、親を「老人ホーム」に入れたというよりは「病院」に入れたというほうが世間体がいいこともあって、結局、終の住みかとして「老人病院」に社会的入院をさせることも多い。

 高度経済成長期の日本の福祉政策は、施設収容主義であった。ところが「福祉元年」といわれた1973年、皮肉にもオイルショックが発生し、経済成長に急ブレーキがかかってしまった。国家財政は逼迫し、福祉の見直しが迫られた。また、歳出削減に加えて「住み慣れた家庭で生活する権利の保障」ということも提起され、日本の福祉政策は80年代以降、「施設福祉」中心の体制から「在宅福祉」体制へと大きく方向転換することとなった。そして、2000年からは本格的な高齢社会に備えて介護保険が登場した。

介護保険  
 高齢者に介護サービスを提供する保険で、民間業者も自由に参入できる。いわば、介護のビジネス化である。費用は保険料(40歳以上の人が月約2500円払う)と公費が半々。利用者は介護認定審査会の審査を受け、費用の1割を負担する。現在、全国で 330万人(平成17年)の人が介護を保険を利用している。
 

 しかし、介護保険によって、最重度介護が認定されたとしても受けられるサービスは月に約36万円である。ホームヘルパーさんに身体介護を頼めば、1時間に約4千円がかかる。1ヵ月で90時間しか頼めない。1日あたりたったの3時間でしかない。介護保険によって、すべてが解決するわけではない。

 

(その他の保険)
 失業した場合に支払われる雇用保険、勤務中に災害にあった場合に支払われる労災保険がある。

 

(コラム)
 民間の保険

 以上に述べたものはいずれも公的な保険であって、そのほかに民間の保険会社が行なっている保険もある。これは、任意加入である。年齢が50歳のある教諭の場合、年収862万円のうち所得税として50万円、住民税として40万円、社会保険料等として83万円を支払っているほか、民間の生命保険に44万円、自動車保険に5万円、火災保険に5万円を支払っている。官民あわせた税金・保険料は総額227万円にもなる。(もちろん、税金にははこのほかにも消費税・固定資産税・自動車税などがかかることは言うまでもない。)
 ところで、アメリカは公的保険はあまり整備されておらず、基本的には民間の保険が中心である。社会保険のないアメリカでは、盲腸の手術をして1週間入院した人が185万円を請求されたという。民間の保険に入っていないと大変なことになる。 現在アメリカの無保険者は約14%、4000万人に上る。歯科保険などは掛け金が高いため、歯は自分で抜くという人もいる。
 




3.2 公的扶助
 生活保護によって、貧困者に最低限の生活水準を維持するのに必要な所得を保障する制度である。全額税金でまかなわれる。現在、約104万世帯が生活保護を受けており (2005年度)、その内訳は、高齢者世帯が約4割、傷害・障害者世帯が約4割、母子世帯が約1割となっている。平均給付水準は、母子3人の世帯で月額19万円あまり、老人 2人世帯で月額約14万円である。


3.3 社会福祉
 社会福祉は、前述の4部門からなる社会保障体系のうちの一部門として位置付けられる。その目的は児童、老人、身体障害者などの社会的弱者に対し福祉サービスを提供することにある。福祉六法とは、
  ・児童福祉法
(1947年)、
  ・身体障害者福祉法
 (1949年)、
  ・生活保護法
(1951年)、
  ・知的障害者福祉法
(1999年に精神薄弱者福祉法(1960年)を改正)
  ・老人福祉法
 (1963年)、
  ・母子福祉法
(1964年制定、1981年に母子及び寡婦福祉法に改正)
 をさす。これらは児童、身体障害者、老人など、社会的弱者に対する福祉サービスを法的に義務付けている。


(コラム)

 福祉に対する誤解

 みなさんの中には社会福祉に対して誤解をしている人はいないだろうか。次の二点に留意したい。
 第一に、社会福祉は「かわいそう」だからしてあげるのではない。19世紀までの社会福祉には確かに恩情主義的な面があった。しかし、生存権の考え方が定着した今日、すべての人には幸福に生きる権利がある。すべて人は個人として尊重され、幸福追求の権利を有している。社会福祉とは、社会的に弱い立場におかれているそうした人々の当然の権利を守るために行なわれる社会的努力である

 第二に、自分は弱い立場ではないから「関係ない」という考え方をする人がいるが、これも誤りである。すべての人間はいつ障害者になるかもしれない。また、高齢になればいつ痴呆になるかもしれない。65歳以上で痴呆になる確率はほぼ5%である。「自分は関係ない」ではすまされない。社会福祉とは自分が社会とどうかかわりあうか、まさに各自の生き方が問われるのである。交代可能性という立場から物事を考えることは、学問の基本でもある
 



3.4 公衆衛生
 結核の予防、伝染病予防、環境政策などを通して、国民の健康の保持・増進をはかる。保健所法(1947年改正)によって各自治体に設置された保健所が公衆衛生行政の中心となっている。
 


、今後の課題
1, 財源の確保と世代間の不公平
 年金の保険料負担方式には二通りある。一つは積み立て方式で、自分が受け取る年金を自分で積み立てる方式である。しかしこの方式はインフレに弱いという欠点がある。
 もう一つの方法は賦課方式で、ある1年間に支払われた保険料で、その年の年金給付をまかなう方式である。 医療保険は賦課方式で運営される代表的な例である。しかし、この方式は人口変動の影響を受けやすく、高齢化が進むにつれ、現役世代に大きな負担を強いるという欠点がある。日本の年金制度は積み立て方式から出発して、現在はに賦課方式に移行しつつある。

 また、社会保障の財源をどこに求めるかも大きな課題である。3つのやり方がある。社会保障の問題とは、自助・公助・共助のバランスをどのようにするかという問題 ともいえる。自助・公助を増やせば、モラルハザードが生じるという問題もあり、バランスのとり方が難しい。

自助努力 日頃からの貯蓄等
公助 税金による社会保障
共助 社会保険による保障

 

2, 制度間のアンバランス
 自営業の人たちが加入する国民健康保険・国民年金と、サラリーマンが加入する健康保険・厚生年金などとの間には、その給付水準に大きな格差がある。これでいいのかという問題がある。 特に国民健康保険は、会社を定年退職した人たちが加入するため、次第に無職の人の割合が増加している。現在加入者の約半分が無職の人である。高齢者加入の増加は医療費の増加に直結し、これが国民健康保険の財政を直撃している。健康保険制度の構造的な矛盾が、国民健康保険に集中的に現れている。
 

3. バリアフリー社会の建設
 現在、障害者福祉の基本理念になっているのがノーマライゼーションの思想である。これは「ノーマライゼーションの父」といわれるデンマークのN.E.ミケルセンが提唱した考え方で、障害者の生活条件を出来るかぎり普通の人々の生活条件に近づける考え方をいう。1950年代以降、北欧の知的障害を持つ人の親の会から始まった。障害を持つ人が、他の人々と同じように職業につき、同じように余暇を楽しむ社会をめざす。その実現のために、物理的障害になるものを取り除き、車椅子や杖でも自由に移動・利用できるようにする「バリアフリー住宅」や「バリアフリー社会」の建設が求められている。
 社会福祉の充実度をはかる一つの目安として、駅から車椅子だけでどのくらい遠くまで行けるか、というのがある。駅にエレベーターがない、ちょっとした段差、歩道にはみ出したたくさんの自転車など、車椅子の障害となるものがいたるところにある。
 アメリカのニューハンプシャー州にあるゴフスタウン高校では、学校に十台の車椅子があり、卒業までにすべての生徒が二日以上、丸一日車椅子に乗らなければならないのだそうだ。将来、政治家や建築家になったときその経験がきっと生かされるはずだという。盲人用点字案内、メロディーつき信号機、点字ブロック、スロープ、身障者用トイレ、身障者用の大きな公衆電話など、まだまだ課題は多い。
 障害者を特別扱いするのではなく、障害者が障害者である事を忘れる事ができる社会。それが理想である。それは眼鏡をかけている人が普段、自分の目が悪い事を意識しないで済むのとおなじである。

 

 

、北欧に学ぶ
 スウェーデンやデンマークには「寝たきり」という概念はなく、したがって「寝たきり老人」も存在しないという。そもそも「寝たきり」というのは、本当は「寝かせきり」なのであって、十分なケアをすれば寝たきりにならないのだという。ホームヘルパーが朝、昼、晩顔を出してくれる。おむつをしながらでも、おしゃれをし車椅子でどこへでも出掛けられる。北欧は、そんな社会を実現してみせた。もちろん、人口わずか800万人のスウェーデンと1億2千万人の日本とを単純に比較するわけにはいかない。自然条件や国民性も違う。スウェーデンの人たちは税金は「取られるもの」ではなく「預けるもの」と考えていると聞いた。日本人がはたしてスウェーデンのように、所得の70%を税金として喜んで払うだろうか。
 豊かさというのは、その国の一番弱い人たちをどう扱っているかに現われる。「何の役にも立たない、いずれは死ぬ」人々に、余分なお金をかけるのはもったいないという国がもしあ るとするならば、その国は本当に豊かな社会といえるのだろうか。マザー・テレサが日本を訪れたとき、「日本は貧しい国だ」と感想を述べたと伝えられている。

 

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