憲法の教え方

 

 

 高校生に憲法を教えると、みんな決まって驚いた顔をする。なぜなら、小学校・中学校での教え方と全く違うからである。そして、
憲法の本質
を知り、納得し、世の中の見方が一気に変わり、感動する。
私が行う1年間の授業の中で、もっともインパクトの強い授業の一つである。

 

 

1.国家権力は恐ろしいもの

 私は政治学の授業の最初に「国家権力がいかに恐ろしい存在であるか」を1時間以上かけて生徒に説明する。材料としては

 ・ヒトラーのユダヤ人大量虐殺(600万人殺す)
 ・スターリンの大量虐殺(600万人殺す)
 ・カンボジアのポルポトの大量虐殺(約120万人殺す)
 ・毛沢東の文化大革命(数百万人殺す)
 ・ケ小平の天安門事件(自由を求める市民を戦車で挽きつぶして弾圧)
 ・小林多喜二の特高による拷問死
 ・横山ノック元大阪知事によるワイセツ事件

 こうした歴史的事実を、
をふんだんに使い、生徒の感情に訴えていく。権力とは「その人の意志に反して強制できる力」であり、ひとたび牙をむき出せば何百万人の命を奪うこともできる存在である 。過去最大の犯罪者は国家権力である。
写真はB4に拡大して(できればパネル化しておく)とよい。

 

 

 

2.絶対王政

 国家権力が恐ろしい存在であることが歴史的に初めて認識されるようになったのは、絶対王政の頃である。そこで、
先生 「もし、あなたが王様であったら、どんなことがしたいか」
  
と尋ね、好き勝手なことを答えさせる。

生徒
 「税金を値上げして、1000室もあるような豪華な宮殿を造り、立派な庭園と、金のお風呂を作り、「ぴちゃぴちゃ」毎日お風呂にはいる。私のやり方に反対するものは直ちに逮捕して、死刑にする」。
などという答えが出ればしめたものである。そこで生徒に尋ねる。

先生 「みなさんが、そういう国王の下で生活しているとしたら、どうするか?」
                   
(さあ、ここからが授業のポイントです。)

生徒 「国王を殺して、別の国王に代わってもらう!」
              
(虫も殺さぬ顔をしてすごいことを言う)

先生 「では改めて聞きます。もし、新しい国王がもっと悪い人だったらどうする?」ここでチャールズ1世を処刑し、チャールズ2世が即位した話をしてもよい。

生徒 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

3.憲法の誕生

 国王が悪いことをできないようにするにはどうしたらいいか。ここで時間をたっぷり使って考えさせることが大切である。いきなり答えをいってはありがたみがない。考えて考えて考えさせて、のどがカラカラになった状態で「水」を与えると効果的である。生徒から正解が出れば、もちろん激賞する。

先生、「正解はルールを作り、国王に守ってもらうようにすることです」。
   
「そのルールを憲法と言い、最初のものがマグナ=カルタ(1215年)です。
    国王は、国民が作った憲法を守っている限り悪いことができません。
    こうして絶対王政の国王の権力を制限するために憲法が誕生
    
したのです。
    これを「人の支配」に対して「法の支配」と言います。

 

 

 

4.憲法を守らなければならないのは誰か。

 ここまで下準備をして、そこで本題に切り込む。

先生 「では、憲法を守らなければならないのは誰でしょう? 
    国民でしょうか、国家でしょうか?」

 ここで、多くの場合生徒に衝撃が走る。小さい頃から憲法14条で「差別はだめですよ。みなさん憲法を守りましょうね」と教えられ、憲法を国民に守らせるために条文を無理矢理暗記させられてきたと生徒は思っているからである。

 絶対王政から憲法が誕生した背景から明らかなように、憲法を守らなければならないのは国民ではなく、国家権力である。しかし、まだこの段階で正解できる生徒は半分くらいしかいない。クラスの半分くらいは、やっぱり「憲法を守らなければならないのは国民だ」と答える。そこで、だめ押しをする。

先生 「日本国憲法99条を見てください。

 

  【憲法尊重養護の義務】
    天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員は、
    この憲法を尊重し養護する義務を負う

 

とあります。
 どこにも、国民に憲法を守れとは書いてありません。憲法の成立過程からしてこれは当然のことです。国民には憲法を守る義務はありません。憲法を守らなければならないのは、国家権力を握る人々です。

 権力は一度間違って使われると、多くの人を不幸に陥れ、時には何百万人の命を奪うこともできます。だから、そういうことが起きないように、権力に携わる人間は憲法を守りなさいよと書いてあるのです。
 99条で憲法を守りなさいよと名指しで書かれた人たちは、いわばこれまでの歴史の中で憲法を守らなかった人たちのブラックリストなのです。」

そこで次のように板書する。

  

   憲法は人民を入れておく檻ではなく、国家権力を入れておく檻である。

 


 

 

5.応用問題

 憲法が本当にわかったかどうかを確認するために、次のような確認テストを実施するとよい。

問1 憲法19条【思想及び良心の自由】
   「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」 

  (1)この文章の主語を答えよ。
                   
  (2)キリスト教徒の八百屋さんが新しく人を雇おうと思って広告をしたら
     イスラム教徒の人がその広告を見て応募してきた。
     八百屋さんはイスラム教徒が嫌いだったので宗教を理由に採用を断った。
     この八百屋さんは、憲法に違反しているか?
                     
  (3)大阪市が職員採用試験で元オウム真理教信者に対して、宗教を理由に
    採用を拒否した。大阪市は憲法に違反するか?

 

問2 憲法20条【信教の自由】
    B「国及びその他の機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしては
     ならない」とあるが、では

  (1)公立高校で宗教教育をおこなってもよいか。

  (2)私立の高校で仏教教育をしてもよいか。
  

問3 憲法21条【通信の秘密】
    「通信の秘密は、これを犯してはならない」とあるが、では、
    娘に届いた封書を父親が中をあけてみてしまった。
    父親の行為は憲法違反にあたるか?

 

 以上の問題に正解できれば、憲法の仮免許くらいはとれたといってもよい。あとは、ふつうの日本語力があれば憲法は読めるとしたものである。授業では、
国家権力は信用できない。だから、憲法であれもするな、これもするな。これをするときにはこういう手続きを踏め」などと事細かに書いてあることを強調したい。

 

  【正解】 問1 (1)国家権力 (2)違反しない (3)違反する 
        問2   (1)公立高校で宗教教育をおこなうことは憲法に違反する。
            (2)私立高校は憲法に拘束されないから宗教教育ができる。
        問3  父親は国家権力を持っていないから、そもそも憲法には違反
              できない。

 

 

6.若干の補足

 とはいえ、日本国憲法の中には若干であるが、憲法自身の法文やその目的から、憲法が私人に直接適用される場合もある。たとえば、教育を受けさせる義務(26条) 、勤労の義務(27条) 、納税の義務(30条)といった国民の3大義務規定がそれである。しかし、近代憲法がもともと、生来の人権を保障するために、国家権力の制限・限界を示そうとするものであったことを考えると、国民の義務規定の強調は、本来の趣旨には馴染まないと考えることができる。したがって、上に述べた3つの義務規定も「立法による義務の設定の予告という程度の意味を持つにとどまっている」(『憲法T・U』野中俊彦ほか、有斐閣)と見ることができる。

 また、憲法第15条C、第18条、第28条なども、、憲法を私人間に直接適用するのではなく、民法90条の公序良俗規定などを媒介にして、憲法の人権規定を間接的に適用する「間接適用説」が通説となっている。

*****

 なお憲法を私人間に適用できるかどうかについて、たとえば、2007年度のセンター試験『現代社会』追試問題で次のような出題があった。

 近代憲法は、歴史的に見れば、国家権力を制限するためにつくられたものであり、「私人」、例えば、民間企業などの私的組織・団体や個人を直接に拘束することを念頭に置いていない。これが近代憲法の原則の一つである。しかし、そのような原則を徹底すると、問題が生じる場合もある。
 次のようなケースを考えてみたい。ある民間の大企業が、そこで働く従業員を、その政治的信条を理由として、解雇したとしよう。その従業員は、「それは精神の自由の侵害であり、憲法違反だ。」と主張するかもしれない。従業員がそのように主張することはもちろん可能であるが、それが裁判になった場合、裁判所が憲法を適用して解決するとは限らない。というのも、企業も従業員も私人であるため、上記の原則に従えば、憲法の人権規定を適用することはできないからである。

 しかし、それでは、たとえ私人相互間であっても尊重されるべき個人の権利・利益を、大きな社会的権力を有する私人が侵害するという事態を放置することになりかねない。また、弱者の権利・利益を保護する法律を議会が制定していなかったり、制定していたとしても、その内容が不十分であったりすることもある。そのような場合に、弱者を救済することができないということになると、憲法が掲げる個人の尊重という精神が失われることにもなる。

 そこで、国家権力による人権侵害だけでなく、私人の間で生じた権利・利益の侵害についても、場合によっては、憲法に人権規定を何らかの形で適用していこうとする見解が唱えられるようになり、日本の裁判でも、実際に憲法の人権保障の理念を反映させるような解決がおこなわれてきた。
 ただし、常に憲法の人権規定を私人の間にも適用できるわけではなく、適用可能かどうかを判断する際には、権利・利益を侵害したとされる私人の立場や、侵害されたとする権利・利益の内容などを検証することが重要である。

                  2007年度のセンター試験『現代社会』追試問題

 

 (参考) 憲法に対する誤解のルーツを探る 

 

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