憲法の教え方
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高校生に憲法を教えると、みんな決まって驚いた顔をする。なぜなら、小学校・中学校での教え方と全く違うからである。そして、
1.国家権力は恐ろしいもの 私は政治学の授業の最初に「国家権力がいかに恐ろしい存在であるか」を1時間以上かけて生徒に説明する。材料としては ・ヒトラーのユダヤ人大量虐殺(600万人殺す) こうした歴史的事実を、
2.絶対王政 国家権力が恐ろしい存在であることが歴史的に初めて認識されるようになったのは、絶対王政の頃である。そこで、 生徒 先生 「みなさんが、そういう国王の下で生活しているとしたら、どうするか?」 生徒 「国王を殺して、別の国王に代わってもらう!」 先生 「では改めて聞きます。もし、新しい国王がもっと悪い人だったらどうする?」ここでチャールズ1世を処刑し、チャールズ2世が即位した話をしてもよい。 生徒 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
3.憲法の誕生 国王が悪いことをできないようにするにはどうしたらいいか。ここで時間をたっぷり使って考えさせることが大切である。いきなり答えをいってはありがたみがない。考えて考えて考えさせて、のどがカラカラになった状態で「水」を与えると効果的である。生徒から正解が出れば、もちろん激賞する。 先生、「正解はルールを作り、国王に守ってもらうようにすることです」。
4.憲法を守らなければならないのは誰か。 ここまで下準備をして、そこで本題に切り込む。 先生 「では、憲法を守らなければならないのは誰でしょう? ここで、多くの場合生徒に衝撃が走る。小さい頃から憲法14条で「差別はだめですよ。みなさん憲法を守りましょうね」と教えられ、憲法を国民に守らせるために条文を無理矢理暗記させられてきたと生徒は思っているからである。 絶対王政から憲法が誕生した背景から明らかなように、憲法を守らなければならないのは国民ではなく、国家権力である。しかし、まだこの段階で正解できる生徒は半分くらいしかいない。クラスの半分くらいは、やっぱり「憲法を守らなければならないのは国民だ」と答える。そこで、だめ押しをする。 先生 「日本国憲法99条を見てください。
とあります。
権力は一度間違って使われると、多くの人を不幸に陥れ、時には何百万人の命を奪うこともできます。だから、そういうことが起きないように、権力に携わる人間は憲法を守りなさいよと書いてあるのです。 そこで次のように板書する。
5.応用問題 憲法が本当にわかったかどうかを確認するために、次のような確認テストを実施するとよい。 問1 憲法19条【思想及び良心の自由】 (1)この文章の主語を答えよ。
問2 憲法20条【信教の自由】 (1)公立高校で宗教教育をおこなってもよいか。 (2)私立の高校で仏教教育をしてもよいか。 問3 憲法21条【通信の秘密】
以上の問題に正解できれば、憲法の仮免許くらいはとれたといってもよい。あとは、ふつうの日本語力があれば憲法は読めるとしたものである。授業では、
【正解】 問1 (1)国家権力 (2)違反しない (3)違反する
6.若干の補足 とはいえ、日本国憲法の中には若干であるが、憲法自身の法文やその目的から、憲法が私人に直接適用される場合もある。たとえば、教育を受けさせる義務(26条) 、勤労の義務(27条) 、納税の義務(30条)といった国民の3大義務規定がそれである。しかし、近代憲法がもともと、生来の人権を保障するために、国家権力の制限・限界を示そうとするものであったことを考えると、国民の義務規定の強調は、本来の趣旨には馴染まないと考えることができる。したがって、上に述べた3つの義務規定も「立法による義務の設定の予告という程度の意味を持つにとどまっている」(『憲法T・U』野中俊彦ほか、有斐閣)と見ることができる。 また、憲法第15条C、第18条、第28条なども、、憲法を私人間に直接適用するのではなく、民法90条の公序良俗規定などを媒介にして、憲法の人権規定を間接的に適用する「間接適用説」が通説となっている。 ***** なお憲法を私人間に適用できるかどうかについて、たとえば、2007年度のセンター試験『現代社会』追試問題で次のような出題があった。
近代憲法は、歴史的に見れば、国家権力を制限するためにつくられたものであり、「私人」、例えば、民間企業などの私的組織・団体や個人を直接に拘束することを念頭に置いていない。これが近代憲法の原則の一つである。しかし、そのような原則を徹底すると、問題が生じる場合もある。 しかし、それでは、たとえ私人相互間であっても尊重されるべき個人の権利・利益を、大きな社会的権力を有する私人が侵害するという事態を放置することになりかねない。また、弱者の権利・利益を保護する法律を議会が制定していなかったり、制定していたとしても、その内容が不十分であったりすることもある。そのような場合に、弱者を救済することができないということになると、憲法が掲げる個人の尊重という精神が失われることにもなる。
そこで、国家権力による人権侵害だけでなく、私人の間で生じた権利・利益の侵害についても、場合によっては、憲法に人権規定を何らかの形で適用していこうとする見解が唱えられるようになり、日本の裁判でも、実際に憲法の人権保障の理念を反映させるような解決がおこなわれてきた。 2007年度のセンター試験『現代社会』追試問題
(参考) 憲法に対する誤解のルーツを探る
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