本質を教える
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良い授業というのは、骨太のメッセージを持っている。たとえ10年たとうと20年たとうと、忘れようにも忘れられない強烈なメッセージを持っている。
などは、今も高校の授業でそのまま使わせてもらっている。 また、私が教員免許を取るために学んだ慶応大学の村井実先生の「教育学」の授業も忘れることができない。一言で言えば
ということを教わった。どんな人間も善人の面と悪人の面の両方を持っている。
2.幹だけを教えれば十分! 私自身、今まで生徒としてたくさんのことを教わった。もちろん、そのほとんどは忘れてしまった。しかし、忘れようにも忘れられない骨太のメッセージはあるものだ。高校は、2〜3年で役に立たなくなるような些末なことを教える場ではない。たとえ20年たとうが50年たとうが、もっと言えば1000年たとうが変わらない幹となる部分を教えるべきである。 しかし、教育現場を見ていると、どうも枝葉ばかり教える教員が増えているように思えてならない。私自身も覚えがあるのだが、専門科目以外を教えるときにはどうしても細かくなりがちである。何が幹で何が枝葉か自分でも分からないからだ。そういう状況で授業をするものだから、当然、授業は「誰からも文句を言われないように」「もれなく」「全部を教える」ことになる。 しかし、こうした教え方は間違いである。全部を教え込もうとすると、たいていの生徒は嘔吐し、その学問が嫌いになってしまう。嫌いにしてしまったのでは失敗である。
なのである。したがって、幹だけを教えればじゅうぶんである。枝葉など自分で勉強させればよい。幹が太ければ太いほど、生徒は自分でたくさんの枝葉を付けることができる。問題は、教員が幹となる本質的部分をつかんでいるかどうかである
3.私が教えたいのは4つだけ 1年間の現代社会(政経分野)の授業を通して、実にたくさんのことを生徒に教える。しかし、その中で私が本当に生徒に教えたいのは、次の4つだけである。
国内政治・国際政治、国内経済・国際経済から各一つずつである。「これだけのことさえ分かれば世の中のことが分かる」と生徒には言っている。
4.専門書を読む 一般に、「これがこの分野における本質的部分だ」と思える幹の部分は、10年20年にわたって膨大な専門書を読まないとなかなかわからない。現代社会(あるいは政治経済)を教える場合は、少なくとも次の4つの学部の基本書となるものは読んでおいて欲しい。
こうやってみてくると、高校の教員であるということは大変な商売である。しかし、自分のペースで、楽しみながらできる商売でもあることを考えれば、恵まれた職業だと思う。
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