|
適塾
2007年06月27日
淀屋橋から歩いて5分のところに、かつて福沢諭吉や橋本左内が学んだ適塾がある。適塾は緒方洪庵が主催し、現在の大阪大学の前身となった塾である。この塾を何度か見学にいったことがある。
塾生が学んだ2階の大広間に一歩足を踏み入れると、当時の塾生の熱気が今も伝わってくるようである。大広間に座る座席は毎月6回行われる試験の成績順。成績の悪いものは一番入口に近いところに座らされる。(今、学校でこんなことをやろうものなら大問題になるだろう)。
隣の部屋には、当時塾で一冊しかなかったオランダ語の辞書の現物が置かれている。塾生が奪い合うように参照したという貴重な辞書である。
ほとんど訪れる人もない適塾の大広間に大の字になって寝ていると、しばし幕末の日本の雰囲気に浸ることができる。適塾を訪れるときいつも思う。教育の原点は「どこそこの、何々先生に師事して学びたい」ということではなかろうか。生徒が先生を選べることは教育の原点である。
今は高校も大学も偏差値で輪切りされ、教員一人ひとりの顔が見えなくなっている。インターネットによる情報発信や体験入学の機会をもっともっと増やし、教員の顔(=教員の個性)の見える学校にすべきではなかろうか。
教育とは人である。人とは教える先生であり、教えられる生徒である。特色のある学校作りとは、結局、「個性ある教員集団をいかに作り出すか」ということであり、そうした「個性あふれる教員を慕って生徒が集まってくる学校作り」のことではなかろうか。
|