卵が先かニワトリが先か?

2006年12月5日

 

 高校以下の教育内容を(形式上)縛っているものに学習指導要領がある。昨今、そのあり方が問題になっている。土曜日を休みにした上、必修科目を増やした。それでは大学入試を突破できない。そこで、教育現場は教育委員会や文部科学省をだますようなカリキュラムを編成せざるを得なくなった。それが、今年大きな問題となった未履修問題の最大の原因である。

 しかし、もう一歩引いて冷静に考えると、日本の高校以下の教育内容を実質的に決めているのは、本当に学習指導要領なのであろうか? どうも違うような気がする。実際は、日本の高校教育以下の内容を決めているのは、大学入試のあり方なのではないか

 大学入試のあり方を変えれば、日本の教育のあり方は一気に変わる、と思う。そろそろセンター試験などというくだらない試験制度は廃止すべきでああろう。もし、幅広い教養が必要だというのであれば、各大学で受験科目を増やし(実際、医学部で理科3科目を要求する大学もある)、広い知識を問えばよい。また、英語のリスニングテストもあんな低レベルのものではなく、各大学が工夫してもっとハイレベルなものにすべきであろう。そうすれば、日本の英語教育は根底から変わる。
 もちろん、「教科書が変わらないと、入試問題は変わらない」という大学の先生の言い分もわからないではない。お聞きすると、ある私立大学では、教科書に載っていないことを出題してはいけないという内部規定があるらしい。何種類かある教科書のうち、1社でもいいから載せていれば出題してもいいということだ。となると、やはり教科書の果たす役割は大きいというべきか。

 しかし、たとえ教科書に書いてなくても試験に出れば生徒は勉強する。実際、多くの大学では教科書レベルを遙かに超えた内容を問うてくる。大学人には、日本の教育のあり方を決めているのは自分たちであるという自覚を持ってほしい。
 「今年は順番で入試の出題委員が当たっちゃった。面倒くさいな」(多分、本音はそんなところか?)などと思わずに、「私の作問で日本の教育を変えてやる」というくらいの意気込みで問題を作っていただきたい。
 

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