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それもまた良し
2007年06月14日
教育とは「教える」と「育てる」という2つの要素からなる。教員は、とかく「自分の常識は正しい」ということを前提に、他人を説得しようという習癖をもつ。しかし、人が人を教え導くという行為は、実は神をも恐れぬ傲慢な行為かもしれない。
古今東西を問わず、人間関係の基本は「自分がして欲しいと思うように相手にしてあげること」である。もし、他人から非難され説得されたら、意見を変えさせられ
た人間はいったいどのように感じるか。そのことを思えば、相手を説得しようなどと考えることは、傲慢以外の何者でもないと気がつく。
人間にはそれぞれの考え方がある。私の常識があなたの常識でないように、あなたの常識は私の常識ではない。なすべきは、相手が間違っているという非難ではなく、せいぜいが互いの常識が異なることを承認しあい、何が考え方の違いの原因になっているかを見いだすことぐらいである。
とくに、インターネットの掲示板を利用するときはこのことに気をつけたい。掲示板は匿名であるために、とかく発言が勇ましいものになりがちである。その結果、しばしば非難の応酬になる。
しかし、相手をののしってもお互いに気分が悪いだけであり、生産的ではない。そういうときは相手を説得しようなどと思わずに、「なるほど、そんな考え方もあるのか。私とは異なるが、それもまた良し」などと考えることである。お互いを認め合い、お互いの寄って立つ「常識」の違いを語り合えば、あるいは双方が自然に考え方を変えることがある
かもしれない。
人を正しい方向に導くなどとはゆめゆめ思わない方がいい結果を生む。
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