歴史の勉強って何?

 2006年12月11日

 大学を卒業した後、教員免許を取るために慶応大学の通信教育を受けた。そのとき西洋史の先生から、「古代ギリシャ・ローマを『生』とすると、中世は『死』であり、ルネッサンスは古代ギリシャ・ローマの『再生』である。」と教わって感心したことがある。

 かりに(古典)古代をBC600年頃〜476年、中世を476年〜1453年、近代を1453年〜とすれば、古代は約1000年、中世も1000年、近代は約500年ということになる。慶応の先生は、人類2500年の歴史を『生』『死』『再生』というたった3語で表現されたのだ。歴史というものの見方がスーと開けていく思いがしたのを覚えている。

 それまでの歴史の勉強といえば、歴史的事実を顕微鏡で見るがごとく、細かく細かく分析するばかりで、結局、大きな流れがつかめないまま終わることが多かった。ところが、100年、500年、1000年単位の大きなスパンで見ると歴史は非常によく分かるのだ。

 ウォーラーステインの世界システム論を学んだときも、そうした思いを強くした。近代以降の覇権国(当時の世界ナンバーワンの国)は、

16世紀  ポルトガル

17世紀  オランダ 

18世紀  イギリス

19世紀  イギリス

20世紀  アメリカ

 であったという。なるほど、100年単位でばっさり切ると、近代以降の歴史は非常に分かりやすいものになる。

 歴史の勉強の中心はミクロ的なことにならざるをえないが、最終的にはこうしたマクロ的な見方をできることのほうが重要なのではないか。
 歴史は、歴史区分に始まって歴史区分に終わるとも言う。教える側の一人ひとりが、しっかりとした自分なりの歴史区分をもち、それを生徒に問いかけることがもっと強調されてよい。

 

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