救急車
2007年11月16日
20代の後半、スキーや囲碁で思いっきり遊んだので、その後25年間はあまり遊ばなくても「昔遊んだ貯金」でやってこられた。土日もずっと仕事をしていることが多かったが、それでも精神的には充実感こそあれ疲労感はなかった。ところが、最近、精神的にしんどくてたまらない。昔の「貯金」を使いはたしてしまったからかもしれない。
そんな折り、救急車で病院に担ぎ込まれるというはめに陥った。
朝、家を出るときは何ともなかったのだが、4時間目の1年4組の授業に行こうとしたら、突然、貧血状態になり、吐き気がし、冷や汗が吹き出してきた。階段を登っていても足に力が入らず、何とか4階の教室にたどり着いたものの授業どころではない。
「体調が悪いので自習」と指示して職員室に戻りかけたが、職員室までの100メートルほどの距離が1qにも10qにも感じられ、とうとう階段のところで動けなくなってしまった。
そのあと、タンカーに乗せられ1階まで運んでもらい、タクシーで校医先生のところへ行き、簡単な診察を受けた後、校医先生の指示ですぐ救急車に乗せられ、岸和田市民病院の救急センターに運ばれた。
生まれて初めて救急車で搬送されたが、ちょっと、大げさな気がして恥ずかしかった。それにしても、救急車のクッションがこんなに悪いものだとは知らなかった(笑)。また、病院のドクターの中に、三国丘高校の教え子(50期生)がいたことも驚きだった。立派に成長した姿を見
て本当にうれしかった。
結局、午後1時頃から夕方6時頃まで安静にしていて、何とか家に帰れるまでに回復した。
最近つくづく思う。病気の予兆なのか、それとも老化現象なのか、なかなか判断できない。2週間ほど前から階段を登るとき足に力が入らず、妙に疲れやすかった。また、電車の中で本を読む気力すら湧いてこなかった。変だなと思いながらも、きっとこれも老化のせいだろう(あるいは修学旅行の疲れのせいだろう)くらいに思っていた。
しかし、今にして思えば、あれが今回の予兆だったような気がする。飲んでいる薬が合わなくなり、徐々に身体に負担をかけていたようだ。実際、倒れた後、その薬を飲むのをやめてからは、体調はきわめていい。
「遊びにすら熱中できない人間に、いい仕事ができるか」というのが私の信念である。大阪に出てきて25年。都会は人間関係が希薄であり、最初はその希薄さが気楽だった。しかし、都心のマンションに移ってからは、人間関係がいっそう希薄になった。その孤立感が精神をむしばむ。利害関係を離れた純粋な遊びの場を見つけなければ、精神的に押しつぶされそうな気がする。しかし、今の職場環境は「遊びの心」を持てないほど忙しい。
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