学力低下の背景にあるもの
学力低下の原因(その1) しつけがなっていないものだから、我慢することができない。厳しく自分を律することができないのだ(自律心の欠如)。だから、学校の勉強を一生懸命しなければならないのに、ついつい怠けてしまう。学習の習慣が身に付かない。遊びにうち勝つ強い精神力がなくて、どうやって勉強できるのか。きちんとした生活習慣(凡事徹底)こそが学力を付ける第一歩である。それができていない結果として低学力が引き起こされる。 次の図は、1年生のあるクラスの1・2学期の遅刻回数と成績(学年順位)の関係を示した図である。遅刻回数が4回以下の者の学年順位の平均が132位であるのに対して、5〜9回が242位、10回以上が267位と、遅刻回数が多い者ほど成績が悪いという結果がはっきり出ている。自分に対する甘さが、遅刻や学習習慣の欠如という形で現れていると思われる。
もし、家庭にしつける力がなければ、どうするか。学校がやるしかない。他に誰がやれるというのか。現にそれを売り物にしている私学もある。生活指導こそ学校の基本である。だが、残念なことに、今の公立学校には生徒を十分にしつけるだけの権威と権力が与えられていない。 大阪のある府立高校で実際にあった話である。指導に従わない生徒に業を煮やした先生が、生徒に手をかけようとした。すかさず生徒が言い返した。 「先生、殴れるものなら殴って見ろ、一発、300万円だぞ」。 体罰を加えれば裁判では100%負ける。それを見越しての言葉である。一体誰がこんな入れ知恵をしたのか。これではわが身をリスクにさらしてまで真剣に指導しようという教師が出てこなくなるのは当たり前である。子どもを巡る環境はどんどん変化する。それにもかかわらず、教育理論や制度は昔のままで変わらない。結局、現場の教師がその狭間にあって、円形脱毛症や胃潰瘍を病み、ときには精神的に追いつめられ休職を余儀なくされる。
学力低下の原因(その2) こうしたことの背景には、子どもを金儲けの対象とする資本主義という制度自体の問題がある。金儲けのためなら人殺しでもするのが資本主義である(ちなみに「公害」はそうした一例である)。まだ判断力のない子どもをターゲットに商品開発をし、流行を作り出し、「みんな持っている」とせがまれれば親は買わざるを得ない。経済成長さえすれば何でもいいのか。金さえ儲かれば何をしても許されるのか。 ケータイ、テレビ、マンガ、ゲームなどにうつつを抜かす生徒は、いわば資本主義的金儲けの犠牲者だと言える。もちろん、中には信念を持ってテレビを買わない親、ケータイを持たせない親もいないことはない。また、そうした誘惑にうち勝つ強い意志を持った生徒もいる。しかし、そのような生徒や親は社会全体としては少数である。多くの生徒は誘惑に負けてしまい、勉強に関心を示さなくなる。結果的に、日本社会は勉強をする少数の集団と、勉強をしない多数の集団に2極分化する。
学力低下の原因(その3) 親の財産もそこそこある。特に努力しなくても人並みの生活ができる。毎日お風呂やシャワーを浴びることもできる。 当面はアルバイトやフリーターでも食っていける。何を好きこのんで苦しい思いをして勉強をする必要があるのか。子どもたちがそう思ったとしても不思議ではない。要するに、豊かになった結果、ハングリー精神がなくなってしまったのだ。われわれの時代は、日本全体が貧乏だった。うまいものを食いたければ勉強するしかなかった。きれいな服を着るためには勉強するしかなかった。いい家に住みたければ勉強するしかなかったのだ。子供心にも、貧乏から逃れたい一心で勉強をしたのだ。 豊かになった今、子どもたちにハングリー精神をもてと言っても効き目はない。勉強への強烈な動機づけが失われてしまっている。中国人の子どもたちの勉強時間が、日本人の子どもたちより3倍も長いという事実は、勉強の動機づけとしてハングリー精神がいかに重要な働きをしているかを物語っている。
学力低下の原因(その4)
学力低下の原因(その5)
学力低下の原因(その6) 電子辞書、DVD、さまざまな英語教材がそろっているにもかかわらず、今の高校生の英単語力は、僕らが高校生だったときより明らかに劣っている。分かりやすい授業も大切だが、その大前提として生徒自身の努力が必要なことは言うまでもない。勉強はまず生徒自身が努力すべきだ。分からなければ友達に聞く、参考書で調べる。そうした努力をした上で先生に聞くべきだ。そうした努力をしないで、分かる授業をしてほしいとか、先生の授業が下手だなんて、冗談ではない。もっと固いものを時間をかけてしっかり食べさせることが必要だ。遠回りをする方がかえって早くたどり着けることがある。
学力低下の原因(その7) 学校で勉強する時間を増やせば学力がすぐ上がるものでもない。少人数にすれば、すぐ学力が上がるものでもない。学力低下問題は、上に述べたような社会全体の大きな変化という視点からもっと分析する必要がある。 (2007年1月2日) |