*イラクに自衛隊を派遣するという閣議決定がなされ、今日、その先遣隊とやらがクウェートに到着したという。ずるずると、夢もヴィジョンも持たない2世政治家どもの思うがままになっていく。かっての共産圏との冷戦時代が懐かしく思われて、読まずに放ってあったこの本を書棚から取り出した。
*冒頭の序文に、「数年前、長崎と広島の市長がニューヨークにあるオーストラリア大使館に私を訪ねてきた。彼らは核爆弾廃止に向けて国連で訴えてほしいと私に懇願した。彼らは私に原爆の犠牲者の写真を何枚も見せてくれたが、それらは死者の写真ではなく、死ななかった不幸な人たちの写真であった。...ネビル・シュートはこの本で、1946年にジョン・ハーシーが書いた「広島」という本と同じように、第3次世界大戦が究極の戦いであり、その結果もたらされる都市の破壊とその住人の運命について感動的に、人々の心に響くように語っている。...」とある。この序文を書いたのは、エスペランティストでオーストラリア大使であった著者の友人、ラルフ・ハリーであり、1982年のことである。日本の政治家に一人ぐらいエスペランティストがいてくれたら...、でも、あんなに2世、3世が跋扈している世界では無理か。
*そのハリーさんによるノートに、原題の "on the beach" は、"ne sur la ŝipo - sur la marbordo, sen laboro(船上にいない、岸にいて仕事がない)" を意味する船員さんたちのスラングである、とあった。目からうろこである。「渚にて」なんてロマンティックな、ノーテンキな訳、誰がした? さらに、ノートを読み進むと、"on the beach" とは、年老いて職歴(キャリアー)が最後の段階にあることで、惑星地球の最後のことを指しており、T. S. エリオットの詩の中の語句だそうだ。

*いつごろのことだったか、映画館でこの映画を見たし、その後何度かテレビで放映されたときにも見た。今でも覚えているのは、人っこ一人いないゴールデンゲート橋に、「兄弟たちよ今からでも遅くない、戦争をやめよう」という横断幕があるシーン、わけの分からない通信文を送ってくる無線局を訪ねてゆくと、窓のカーテンが風に揺れて信号機のキーをもてあそんでいるシーン、それと、ウォルツィング・マチルダの陽気な合唱が耳に残っている。フェラーリに乗ったフレッド・アステア。米原潜の艦長、グレゴリー・ペックと、エバ・ガードナーのかもし出す大人の恋の雰囲気も。
*核戦争の恐怖というテーマはさておき(映画紹介のホーム・ページを見ていたら、この点で、「渚にて」という映画は賞味期限が過ぎたと書いてあった。まさか!)、この本は、ある時点を境に、全員が死を迎えなくてはいけない、そのときあなたはどうするか、という大変興味のある問題に対する著者、ネビル・シュートの答えだと思った。彼は、この本をなくなる3年ほど前(1957年)に出版している。彼は、自分の答えを何人かの登場人物に託したのだろうと思う。では、定年退職した今、自分は、いつか来る死をどう迎えようとしているのか。
この本を読んでいる間中たえずこのことを考えていた。
*9月初旬のマスの解禁日を待っていたら、メルボルンの町の人はほとんどが死の灰に犯されてしまう、ということで、その年は特別に解禁日が8月10日に早められる。前の日から、釣り場近くのホテルへ、ドゥワイト艦長とモイラは釣りの準備をして自動車で出かける。艦長は、コネチカット州の家で待つ長男へのお土産として買った釣竿を試すつもりでいる。北半球は、全滅だというのに。
上天気で、川はキラキラと陽光を浴びて輝いている。ホテルではその夜、釣り人たちが夜遅くまで陽気に騒いで、踊り、合唱して、...映画を見たせいで、グレゴリー・ペックさんとエバ・ガードナーさんの面影が重なる。ミスキャストでなくて本当によかったと思う。涙がポロポロこぼれた。
*英国語からのエスペラント訳で、その匂い(?)が少しあって、エスペラントで、今ならそんなふうには言わないだろうというようなところが、ままある。そして、タイプライターのフォントがエリートで打ったままのが印刷されているので、少し読みにくい。タイプミスは数箇所、気づいたのみ。しかし、何より、お話がおもしろいので、そんなことはほとんど気にならなかった。最後の50ページほどは一息に読める。
(2003.12. 27. 最初の書き込み)
*創元SF文庫「渚にて」(井上 勇 訳)を入手した。訳者による「あとがき」を読んでいて、「渚にて」がノーテンキな訳でもないことを知った。すなわち、「...世界はこんなふうに終わる。華々しくはなく消え入るように(T.S.エリオット)」の前の節に bordo (beach) が出てくるのである。この本の表紙裏には、T.S.エリオットの詩を、ハリーさんによるエスペラント訳と一緒に掲げてある。船員同士で知られた言い回しがある上に、世界の週末を詠んだこの詩から小説の題をとったのだ。引用されているものを、以下にそのままのせた。
In this last of meeting places
we grope together
And avoid speech
Gathered on this beach of the tumid river...
This is the way the world ends
This is the way the world ends
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper.
T. S. ELIOT
En ĉi lasta kunvenejo
Palpas ni pare
Evitas vortojn
Kune sur ĉi bordo de ŝvelrivero...
Tiel finiĝas la mondo
Tiel finiĝas la mondo
Tiel finiĝas la mondo
Ne kun eksplodo sed kun ploreto.
R. L. HARRY
Linioj el 'The Hollow Men' (La Kavaj Viroj)
(2004. 1. 8. 書き込み)
* tralegis: 2003.12. 27.
あらすじ・・・各章のタイトルで少なからずあらすじが想像できるのでは
*第1章・・・ピーターが艦長を家に招待する
*第2章・・・モイラが原子力潜水艦を訪れる
*第3章・・・放射能汚染地域を調査するために航海にでる
*第4章・・・ドゥワイトが農園を訪れる
*第5章・・・ドゥワイト、プレゼントを買う
*第6章・・・不思議な信号の探索
*第7章・・・自動車レース
*第8章・・・終末におびえる
*第9章・・・ドゥワイト、故郷へ帰る