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最近読んだ「エスペラント図書」のリスト


読書記録 (63)
Kiun libron mi legis lastatempe? 

La aventuroj de Pinokjo  (Carlo Collodi/ tr. Jozefo Horvath)


(20.6 x 13.4 x 0.9 cm: pp 157: 2003 年刊行)

Unuvorte
*へぇー、ピノキオってこんなに面白い話だったのだ。入門講座を終えた人の次の読本としておすすめ!


読書メモ
*来年(2004年)春の入門講座に使うと予告したので、まずは読んでおこうと手にした。それが、こんなに面白い本であったとは、幼児の絵本程度の内容を想像していたので、ほんとにびっくり。よく考えてみれば、絵本程度で 150頁余になるはずがない。

*まずは、裏表紙の紹介を以下に紹介します。

""" ピノキオの著者のカルロ・ロレンツィーニは、イタリアのコッローディに住んでいたので、ペンネームをカルロ・コッローディとしました。
 ある日のこと、ロレンツィーニは遊びごとで 500リラを失ってしまい、その支払いのために子供向けに本を書くことにしました。それは、彼が生きているかのように考えて描いた操り人形の物語でした。そんな風にして、この「ピノキオの冒険」が誕生したのです。
 彼は、お話の最初の部分を子供雑誌の出版社に送りました。出版社は、もっと書かせようと彼に十分な報酬を払いました。
 事実、それで、ロレンツィーニは操り人形の物語を続けることにしたのです。毎週毎週少しずつ雑誌にのり、1883年には一冊の本として出版されました。エンリコ・マルザンティがこの本のためにすばらしいさし絵を描きましたが、この同じさし絵を私たちはこのエスペラント版に採用しています。その本は、イタリアばかりでなく全世界に広められて、子供たちから愛されています。
 こんなに面白いお話を子供たちにすることができたのに、ロレンツィーニ自身には子供がありませんでした、いや、結婚さえしていなかったのです。"""

*ええ、そうです。とても素朴なさし絵が一杯のせられているのです(ちなみに、岩波の杉浦明平訳のは、さし絵がエドアルド・バルゲールとなっていて、エスペラント版のとは違います)! おそらく銅版画と思いますが、今から百年以上前のイタリアの市民生活の様子が生き生きと伝わり、うれしくなってしまいます。惜しむらくは、原本が時代を経ているせいか、線がはっきりしないのやら、かすれていたりするのが何枚もありますが、それに苦情を言うのは、欲が深いというものです。ご愛嬌なのは、本文でイルカ(delfeno) とあるのに、さし絵では、大きな鯉のような絵になっているところ。当時、イタリアではイルカなぞ、よく知られていなかったか、そんなことどうでもいい、ただ怪物のような魚類ならよい、ということだったんでしょうね。

*エスペラントは、子供向けのお話ということもあり、文章の繰り返しが多く、易しくて、エスペラントの良い勉強になります。そんなに辞書を引く必要もなく、すらすらと読める、読みやすい訳といえます。

*この歳になって、今、「一生懸命勉強しなさい、親のいうことを聞きなさい、悪い友達とつき合ってはいけません、でないと、一生物乞いの生活をしなければなりませんよ」などという教訓を繰り返し聞かされても、ほほえましいばかりですが、現代の子供たちにはどうなんだろうと、ふと、思います。福沢諭吉が勤勉を説き、二宮尊徳が倹約を説きと、百年前は世界中どこでもこんなムードだったのかと思いめぐらすのも一興です。それにしても、食べ物が手に入らず空腹のため死ぬほどに苦しむピノキオが何度も出てきます。飽食の時代の日本の今、こんなことでいいのかと考えさせられます。

*第2章で、木切れがものを言うのでびっくりして腰を抜かしたアントニオ親方のところへ、間の悪いことにジェペット爺さんが入ってきて、「床の上で何をしてるんだね」と聞く場面があります。親方の返事は、「蟻んこに数の数え方を教えているのさ(アリに算数を教えている・・・杉浦訳)」です。このころの庶民のユーモア感覚がしのばれます。この表現、さらにもう一度、別の場面で出てくるので、良く知られた言い回しのようです。この手の楽しみが、この本を読んでいる間、随所にあります。「8月の炎天下のトカゲのようにすばやく(走る)」といったような。「うそをつくと、鼻が伸びる」というのも、当時、民間でよく言われていたことかも。

*第23章で、ピノキオがハトにのせてもらって、海岸へジェペット爺さんを探しに行くシーンがあります。そして、銅版画の絵は、「ニルスの不思議な旅」と同じように、ハトの首に足をからめて空を飛んでいる絵です。ラーゲルレーフさんは、ピノキオの本を読んでいたのかなと、ふと思いました。しかし、「ニルス」の中で、ピノキオのことなどは何も触れられてはいず、別に、はっきりと、渡り鳥の上に乗って空からスウェーデンを俯瞰するという着想を得たときの様子が書いてありましたから、偶然の一致なのでしょう。

*岩波少年文庫の杉浦明平氏による「あとがき」には、皆の要望で次々に書き足したために生じたこのお話の、数々の矛盾や欠点があげられていて、つじつまのあわない理由が指摘されていますが、私には、そんなことは読んでいて少しも気になりませんでした。。そんな箇所を見つけて、あれこれ言う子供がいたら、その子は、もう大人になってしまっているのでしょう。すばらしいファンタジーなんだもの、無邪気に読んだらいいと私は思います。

* tralegis: 2003.11. 19.


章分けとあらすじ
*少し古い物語によくあるが、この本も各章の始めに、その章のあらすじが書かれている。例えば、第1章は、「指物師のサクランボ親方が、どんな風にして、泣いたり笑ったりする木片を見つけたか」といった、具合に。

*第2章・・・「サクランボ親方は、その木切れを友だちのジェペット爺さんにあげる。爺さんはそれを使って、踊ったり、フェンシングをしたり、とんぼ返りをすることができる操り人形を作ろうと思う」

*以下、省略します。最終章の第36章は、「とうとう、ピノキオは操り人形をやめ、少年になる」です。

(2003.11. 23. 最初の書き込み)
(2003.11. 24. さし絵、挿入)

 

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