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最近読んだ「エスペラント図書」のリスト


読書記録 (58)
Kiun libron mi legis lastatempe? 

Esperanto sen mitoj [Dua prilaborita deldono]  (Ziko Marcus Sikosek)


(20.3 x 13.5x 1.9 cm: pp 367: 2003 年刊行)

Unuvorte
*エスペラントに対してさまざまな誤解があるのは、我々の情報提供に問題があるのではないか? 1999年の初版に加筆、改定された。


読書メモ
*ヨーテボリの世界大会で入手。リブロ・セルボ(本屋さん)に入ったすぐのテーブルに最新の図書が数種積み上げられていたが、その中の一つ。タイトルも表紙も見たことがある気がして、戻ってから書棚を調べてみたら、やはり、あるある。しかし、タイトルは同じだが、表紙の配色が少し違っていて、発行年は2003年。よくよく見ると、dua plilaborita(第二版、改定)とあり、安心。

*裏表紙にある記事や、本文中の記述によると、シコーセックさんは1973年生まれのドイツ人。1987〜8年頃に、町の本屋さんでたまたま目にした本でエスペラントを独自に勉強し始めたが、なかなか仲間が集まらず、以前その町にあったエスペラントのクラブも運動を停止していた、とある。歴史、ドイツ文献学の専門家。1993年以来、ドイツ青年エスペラント組織(GEJ) の情報担当として活動。ドイツエスペラント連盟の機関誌の編集、大会の組織、情報誌の作成などにあたっている。エスペラントが伸び悩んでいる現状の分析に説得力があるのは、彼の経歴から、十分うなずける。入門講座のポスターやチラシの宣伝文、芦屋市民センターのロビーに置くチラシ、エスペラントを友人、知人にすすめる時など、彼の意見を参考にして、それらの効果がもっと上がるように努力しよう。

*第一版は、1999年発行。在庫切れとなったので、その後の4年間の記事もつけ加え、修正が必要なところを書きかえ、エスペラントにもさらに手を加え読みやすく(stilaj glatigoj) したと、後書きにある。比べてみると、新版のほうには、旧版には全くなかった写真や図表が、随所に挿入されて、頁もより白い色で上質紙となり、気分よく読める。

*「エスペラントの世界に入り込んでしまっていると、当たり前と思っていることが、外部の人たちには奇妙なこととに思え、それがエスペラントの普及のじゃまになっていることを、エスペランティストは、良く知るべきだ、特に、友人、知人にエスペラントを宣伝するのに熱心な人は、気をつけて」と、著者は言いたいのだろう。「エスペラント神話」の一つ一つについて、検証可能な文献を正確に示して検討している。さすが、文献学者である。

* tralegis: 2003.9. 1.


章立てと、コメントを少々
*序−私のプロパガンディストとしての、あるスケッチ。
序として、1913年の "La Ondo de Esperanto" 誌への寄稿文が冒頭に。エスペラントの宣伝に熱心のあまり、つい大ぼら吹いてしまうエスペランティストの話。

*第1章 神話なしの情報活動
   「何かを紹介する時には、よくそれを少しばかり美しく見せようとする傾向があるが、あからさまな嘘や、間違った誇張は結局はブーメランのように自分のところへ戻ってくる」と、章のまとめにある。

*第2章 神話なしのエスペラント共同体
   ・「エスペランティスト」という呼び方は、「主義者」という語感から、マイナスのイメージを与えやすい。「エスペラント・パロラント」、「エスペラントリングヴァーノ」が良い。 (なるほど!)
   ・アンプリフィーキの歌う「ソーラ」は、エスペランティストは、世界大会の間だけしか友人を持たない、変わり者だ、といった印象を与える! (この見方には、私は、本当にビックリ。大好きな歌なのに。ちょっと、被害者意識が強すぎると思わないでもない。−−この歌については、「エスペラント100の効用」の(21)をごらんください)
   ・60年代ごろから、プロレタリア運動の一面が薄れ、「新左翼(nova maldekstro)」の傾向が現れ始め、少数民族、少数の信者からなる宗教、ゲイ、女性解放といった「少数派(minoritato)」の面も持つようになった。
   ・エスペランティストの数をいうのはとても難しい。しかし、人に聞かれてあいまいに返事するのも、かえっていらぬ疑いを与えてしまう。世界中で4万から5万人というところが、まずまず無難なところか。
   ・デナスカ(生まれた時からの)・エスペランティストは、子どもにとってみれば、必ずしも幸せではない。親がエスペランティストであることを、学校で知られないようにしている子がいたりする。

*第3章 神話なしの宣伝戦略
   ・「エスペラント現象(fenomeno Esperanto)」が確かに存在する。(そのとおり!)例えば、エスペラントの講習が終わったあとに、会費を払い、雑誌を予約し、エスペラントの宣伝をはじめる人たちがいるが、英国語の講習が終わったあと、誰がその言葉を宣伝し、普及のための運動に参加するといったことをするであろうか。

*第4章 神話なしの支持者
   ・ウンベルト・エコー(国際的に有名な言語学者)、ノーム・チョムスキー(左翼の社会批評家)などを支持者として、宣伝文に使うのはすすめられる。

*第5章 神話なしの、言語、特にエスペラント
   ・「エスペラントを勉強すると視野が広くなり、自国語に対しても感心が高まる」などと宣伝したりするが、エスペラントに限らず、どの言葉を勉強してもそうである。
   ・ザメンホフは、英国語を完全にはマスターしていなかったので、「ハムレット」の翻訳は、シュレーゲルによるドイツ語訳の助けを借りている。
   ・「文法は16の規則ですむ」を強調しすぎてはいけない。実際そんなはずはないし、エスペラントに関心を持った人が、そんなに単純なら、この言葉は非常に原始的にちがいない、と思いかねない。
   ・エスペラントに翻訳された本を紹介する時は、自国の作家のものを載せるように。(なるほど。「雪国」「楼蘭」「セロ弾きのゴーシュ」など)
   ・英国語を敵視しない。意思の伝達が国際的に行われるのを願うのなら、「英国語の使用禁止」などといった政策は、エスペラントの追い風にはならない。そのような施策に反対すべきである。

*第6章 神話なしの計画言語(プラン・リングヴォ)
   ・(映画「スター・トレック」で使われた「クリンゴン語」に対し、一節が設けられている!)
   ・「中立言語、エスペラントを学ぼう(lernu esperanton, la lingvon neŭtralan)」などと言うが、「エスペラント」に中立という言葉を使うのは間違っている。ヨーロッパ的なものが多いことが無視されている。(そのとおり!!!)

*第7章 神話なしのザメンホフ
   ・ザメンホフの -hof は、ドイツ語の hoffen = esperi で、希望する。すなわち、ザメンホフという名前の中に「エスペラント」が、含まれている(Maimon)。
   ・「ホマラニスモ」は、ザメンホフにとって大切な思想であったが、エスペラント共同体としては特に必要としなかった。

*第2版への後書き

 

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