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Esperanto sen mitoj [Dua prilaborita deldono] (Ziko Marcus Sikosek)

章立てと、コメントを少々
*序−私のプロパガンディストとしての、あるスケッチ。
序として、1913年の "La Ondo de Esperanto" 誌への寄稿文が冒頭に。エスペラントの宣伝に熱心のあまり、つい大ぼら吹いてしまうエスペランティストの話。
*第1章 神話なしの情報活動
「何かを紹介する時には、よくそれを少しばかり美しく見せようとする傾向があるが、あからさまな嘘や、間違った誇張は結局はブーメランのように自分のところへ戻ってくる」と、章のまとめにある。
*第2章 神話なしのエスペラント共同体
・「エスペランティスト」という呼び方は、「主義者」という語感から、マイナスのイメージを与えやすい。「エスペラント・パロラント」、「エスペラントリングヴァーノ」が良い。 (なるほど!)
・アンプリフィーキの歌う「ソーラ」は、エスペランティストは、世界大会の間だけしか友人を持たない、変わり者だ、といった印象を与える! (この見方には、私は、本当にビックリ。大好きな歌なのに。ちょっと、被害者意識が強すぎると思わないでもない。−−この歌については、「エスペラント100の効用」の(21)をごらんください)
・60年代ごろから、プロレタリア運動の一面が薄れ、「新左翼(nova maldekstro)」の傾向が現れ始め、少数民族、少数の信者からなる宗教、ゲイ、女性解放といった「少数派(minoritato)」の面も持つようになった。
・エスペランティストの数をいうのはとても難しい。しかし、人に聞かれてあいまいに返事するのも、かえっていらぬ疑いを与えてしまう。世界中で4万から5万人というところが、まずまず無難なところか。
・デナスカ(生まれた時からの)・エスペランティストは、子どもにとってみれば、必ずしも幸せではない。親がエスペランティストであることを、学校で知られないようにしている子がいたりする。
*第3章 神話なしの宣伝戦略
・「エスペラント現象(fenomeno Esperanto)」が確かに存在する。(そのとおり!)例えば、エスペラントの講習が終わったあとに、会費を払い、雑誌を予約し、エスペラントの宣伝をはじめる人たちがいるが、英国語の講習が終わったあと、誰がその言葉を宣伝し、普及のための運動に参加するといったことをするであろうか。
*第4章 神話なしの支持者
・ウンベルト・エコー(国際的に有名な言語学者)、ノーム・チョムスキー(左翼の社会批評家)などを支持者として、宣伝文に使うのはすすめられる。
*第5章 神話なしの、言語、特にエスペラント
・「エスペラントを勉強すると視野が広くなり、自国語に対しても感心が高まる」などと宣伝したりするが、エスペラントに限らず、どの言葉を勉強してもそうである。
・ザメンホフは、英国語を完全にはマスターしていなかったので、「ハムレット」の翻訳は、シュレーゲルによるドイツ語訳の助けを借りている。
・「文法は16の規則ですむ」を強調しすぎてはいけない。実際そんなはずはないし、エスペラントに関心を持った人が、そんなに単純なら、この言葉は非常に原始的にちがいない、と思いかねない。
・エスペラントに翻訳された本を紹介する時は、自国の作家のものを載せるように。(なるほど。「雪国」「楼蘭」「セロ弾きのゴーシュ」など)
・英国語を敵視しない。意思の伝達が国際的に行われるのを願うのなら、「英国語の使用禁止」などといった政策は、エスペラントの追い風にはならない。そのような施策に反対すべきである。
*第6章 神話なしの計画言語(プラン・リングヴォ)
・(映画「スター・トレック」で使われた「クリンゴン語」に対し、一節が設けられている!)
・「中立言語、エスペラントを学ぼう(lernu esperanton, la lingvon neŭtralan)」などと言うが、「エスペラント」に中立という言葉を使うのは間違っている。ヨーロッパ的なものが多いことが無視されている。(そのとおり!!!)
*第7章 神話なしのザメンホフ
・ザメンホフの -hof は、ドイツ語の hoffen = esperi で、希望する。すなわち、ザメンホフという名前の中に「エスペラント」が、含まれている(Maimon)。
・「ホマラニスモ」は、ザメンホフにとって大切な思想であったが、エスペラント共同体としては特に必要としなかった。
*第2版への後書き
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