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最近読んだ「エスペラント図書」のリスト


読書記録 (35)
Kiun libron mi legis lastatempe? 

Lumo kaj ombro  (V. Eroŝenko)


(18.1 x 12.8 x 0.6 cm: pp 96: 1979 年刊行)

Unuvorte
*入門を終えた人の自習用テキストとして最適!


読書メモ
*コルカーさんのVojaĝo en Esperanto-lando (エスペラント国での旅行)旧版、および、 新版 [nova eldono] のどちらにも、エロシェンコさんの詩("homarano")、伝記(カロチャイによる)、および、作品の一つとして「倒れる塔(仮題)(原題:Turo por fali)」が取り上げられていて、その原典として、関西エスペラント連盟(日本エスペラント図書刊行会)発行のここに掲げる本、"Lumo kaj ombro (光と影)" があげられていた。私は、この原典にあたってみたいと思った。

*作品発表当時(1920年代)の出版事情から、印刷上の誤りやら不鮮明さなどが想定されるが、編者の峰さんにより種々の出典を比較対比しての校正がなされ、文法上の誤り、明らかなタイプミスなどが正されているので安心して読めるのは大変ありがたい。

*評論や自伝以外の作品には "Turo por fali" に代表される寓話で、文章にくり返しが多く、難しい単語も少なく、とても読みやすい。可哀想なお話が多いが初級レベルの人にはおすすめの本である。

*盲人ということで、独特の繊細な感覚にびっくりさせられ、教えられるところも多かった。私は、夜の、暗やみのすばらしさを教えられた。

* tralegis: 2003.2. 15.


主な作品の内容
*「私の学校生活の一頁」…モスクワでの盲学校で学んでいたころの様子が生き生きと描かれる。最後に書かれている言葉は忘れられない。すなわち、「夜が(la nokto)、何よりもまず、あらゆるもの、あらゆる人を疑うことを私に教えてくれた、先生が言ったことを一言も信じてはいけないことを、どんな権威者の言ったことも信じてはいけないことを、私にそれが教えてくれた」と書く。

*「私は、神の善をうたがい、悪魔の悪をうたがった、政府をうたがい、それを信じる社会をうたがった」と。だけど、それらを信じた人たちは、今や先生になっており、音楽家になっており、妻や家族に囲まれて平和に暮らしている、一方、私といえば、まだ何者にもなれず、世界各地をさまよい歩き、いつの日にか、街路に立って物乞いをはじめるかもしれない...と。

*「世界平和の日」…豪華なバルコニーに立って、母とその息子が勝利を収めた軍隊の凱旋行進を見つめている。母が息子に「泣かないで。もう戦争は終わったの。風にはためくあれらの軍旗を見てごらん」と言うのに対して、息子が「軍旗がはためく音も聞こえますが、戦争でなくなったお兄さんのもぎ取られた手が、体から切り離されたお父さんの頭が、私には目に浮かびます」と母に訴える。……イラク空爆を声高く主張するブッシュに聞かせたい一編である。

*「枯葉物語」…前書きに続いて、6編のいずれもとても可哀想なお話が集められている。その中の「最初の宝物」はマッチ売りの少女を思わせる秀作である。文章はとてもきれい。

*「共通語の必要性」…いくつかの評論のうちのひとつ。「どんな政府も、人類の幸せのために共通語があったほうが良いことは分かっているのに、それを無視し、空しい国家的野心を優先させている」と。

*「国際関係の問題」…1922年12月15日、北京大学で行われたザメンホフ祭での講演。最後の一節は、東洋人共通の年少者の奥ゆかしさ(?)にも言及していて興味深い。「このザメンホフ祭で、若者達の希望や美しい夢を聞けなかったことは残念ですが、ただ年長者のみが発言し、行動するというこの国の習慣で、若者達は静かに聞くだけで何も行動しなかったのだと思います。しかし、私は、44年前のドイツでその記念すべき日に若者達が心を躍らせたように、若いあなた方の高貴な心も同じように強く感動していることを疑いはしません」……(注)1978年12月5日にザメンホフは学生仲間とエスペラントの原形とも言うべき lingwe uniwersala の誕生を祝っている。



 

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