*トーゴーランドの Koffi さんの作品。「いろいろな世界」(n-ro 13)で、楽しく読ませてもらった Koffi さんの作品をもっと読みたいと思った。
*7章からなり、薄い本なのですぐ読み終えることができる。ただし、エスペラント文はスワヒリ語(?)の影響があるのか、少しばかり読みにくい。
*その上、守り神(物神、fetiĉo)におまじないを唱えたりなど、生活習慣が分からないための難しさもある。もちろん、それがこの本の肝心なところで、面白いところ。
*例えば、dormis krokodile(ワニのように眠った)など、とても素敵ではないか。dormeti tanukie (niktereute) (狸寝入りをする)など、私たちも使ってみよう。
*父親は、都会へ出る準備として、まず、靴をはいて歩く練習から始める。ロメの息子の家ではナイフとフォークを使って食べるようにと言われるが、手で食べないと食べた気がしない、など。普段、何とも思っていなかったことを、ちょっと待てよ、と思わせられることが随所にある。
*都会へ行った、ということで、村でのこの父親の地位が上がる、というのは面白い。普通の村人には都会へなどめったに行けるわけがないので、一躍、特権階級になれる。都会へ行くことを、「誰にも話すな」と家族には言っておきながら、うれしさのあまり自分で少しずつ周りにもらしてしまうのも、人間どこでも同じだと笑ってしまうが。
*「いろいろな世界」で知っていたことだが、父親は、当然、村へ帰るときにお土産をしっかり持って帰らなければならない。息子も一生懸命協力してお土産をそろえてくれる。同じ国内で田舎と都会とのすごい生活レベルの落差。「話す箱 parolata kesteto」も、「絵を見せる箱 bildmontranta kesteto」も村では役立たない。
*21世紀に入った今でもこの状態とは思われない。Koffi さんがロメで勉強していた時に、お父さんを招待した時の様子を書いたのだと考えると、これは 1980年前後のトーゴーランドのことと推測される。
* tralegis: 11.24. 2002
あらずじ
*以前、白人がやって来る前には、アフリカには都市はなかった。畑と村があっただけだった。白人がやってきて、大陸の様相は一変した。学校や病院が建てられ、道路が作られ、スピードの速い乗り物が利用されるようになり、短期間にアフリカ人の生活は完全に変わってしまった。
*彼らは一生懸命白人達の真似をしはじめ、今や彼らの生活様式は白人達のそれになってしまった。若者達は両親を畑に残したまま、勉強を続けるため、あるいは仕事のためと、皆、都市へ出たがるようになった。
*都市で生活を始めた彼らは、時に友人や家族を都市へ招待するが、まさに今、田舎者のガジェヌのケースがそれであり、都市にすむ自分の息子クトゥルを訪問することになったのである。...
*今は雨季。やってくる魚とりのシーズンに備えて、ヤナを作っているガジェヌのところに、首都ロメに住んでいる長男のクトゥルから手紙が届いた。生まれてはじめてもらった手紙。お金が入っているにちがいないと、家族を物神が祭ってある部屋へ呼んで、次男パルフォに慎重に手紙を開かせる。
*ところが、お金は入ってなくて、かわりに紙が数枚出てきただけ。しかし、手紙には「ロメへ遊びに来てください。小枝で作るヤナよりももっと良い、針金でできた網をお土産として持って帰れるように準備しておくから」と書いてある。...