*宮本さんの「はしがき」の言葉に泣ける。世界大会を前にした当時の熱気が伝わってくる。いわく、
「1965年に東京で開かれる第50回世界エスペラント大会を前にして、日本のエスペランチストの学習熱は相当盛んなものになってきました。一方、戦前に比べると、現在のエスペランチストの質的構成がずい分変わってきて、高校や中学校を卒業しただけの人びとが数多くこの運動に参加してきました。この情熱は、当然、従来のものより、ずっとやさしい読物や独習書を要求することになっております。
この本は、こうした要求に答えるために書かれました。...」
*各ページにある脚注で難しい合成語をアポストロフィーで区切って分かりやすく説明しているし、'Vojaĝo en Esperanto-lando' のように3人の作者(カーベとロスバッハとエロシェンコ)の略歴もこの脚注にのせている。ただし、カーベさんがエスペラント界から去ったことには触れていない。巻末にはそれぞれの章に合わせてエス文の和訳、和文エス訳などの問題がある。
*カーベさんの紹介では、「ザメンホフと並び称せられる初期の大翻訳者」とある。カーベさんのものをいつか読んでみたいと思っていたが、思わぬところでお目にかかることになった。
*ここに取りあげられたエロシェンコの短編は、いかにも宮本さん好みと言うべきか。盲人だからこそ見えてくる社会の矛盾が如実に描かれていて、その反骨精神は見事。皇帝ニコラス2世のおじの大公が盲学校を訪問し、直接、それと気づかぬエロシェンコに話しかける場面も面白いが、公衆浴場へ引率されて行く途中で物乞いに話しかけられて、丁寧に対応する話は秀逸。
*「わたしの学校生活の一ページ」は、以下のように終わる。
「...。先生たちの教えた一切を、真実として受けとったわたしの友人の大部分は、権威のあらゆることばを信じたし、何事をも疑わなかった。これらの友人たちは、ずっと前から、この社会で、音楽家としてなり、教師としてなり、または労働者としてなり、一定の地位を得ているし、妻やこどもに囲まれて安楽に暮らしている。それだのに、わたしは、未だに何物にも到達せず、すべてのもの、すべての人を疑いながら、諸国を放浪しているのである。そして、あるのろわれた日に、どこかの町のうす暗い一角で、あのや暗の大公のように、わたしがたたずみ、道ゆく人びとに物乞いの手をさしのべないだろうと、果してだれがいえるであろうか?...」(宮本正男 訳)
自分の将来を予見しているかのような文章に心打たれる。
*ずっと以前、書店の語学コーナーでよく見かけたこの本、ちょっと気になってネットで検索してみたら古書で5,000円ほどの値段がついていてびっくり。宝物を持っているんだ、私は。
* tralegis: 2004. 12. 14.
本書の内容
*まず、19の小話(Anekdotoj: 今ならジョーク集とでもいうのだろう)。この中で私が単純に気にいったのは、「俺はヒトラーだ」と精神障害者の病院で一人の患者が言い出す話。「誰がそんなこと言ったんだ」、「神だ」、「俺はそんなこと言ってないぞ」と、別の患者。
* そして、「白雪姫」(Neĝulino)・・・ 'kabei'(エスペランティストであることをやめる)という単語にまでなったカーベさんのエスペラント訳。グリム兄弟の原作。
*「娘と帽子とわたしと」(La junulino, la ĉapero kaj mi)・・・ロスバッハさんの、第40回世界エスペラント大会の文学コンクールで第1位となった作品。短編集 "Homoj kaj riveroj" に収録されている。頭の大きさを測った紐を財布に入れておいたのだが、その財布を家へ忘れたきたので...というジョーク、覚えておかなくては!
*「わたしの学校生活の一ページ」(Unu paĝeto en mia lerneja vivo)・・・ワシ−リー・エロシェンコ(1890−1952)の代表作。
(2004. 12. 23. 最初の書き込み。)