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BIBLIOGRAFIO-4


Vojaĝo en Esperanto-lando

 … 「ラ・モヴァード」  2003年3月号(625号) 18頁
          …(末尾にエスペラント訳もあります)

  昨年の夏、北米のエスペラント夏期学校でロシアのメルニコフ先生が授業に使った教材は、ほとんどがこの本の旧版からのコピーであった。いずれの教材も先生の使い方によることもあるが結構面白かったので、日本に戻って真っ先に、ちょっと読んだだけで本棚に放ってあった旧版を、外見は粗末でも何という内容の豊富な本なのだろうと随所で感心しながら読み通した。その頃、エスペラント誌の広告でここで紹介する新版が二色刷りで発売中とあったので、早速、入手した。  本の構成は旧版と同じで全体が26章からなり、各章は10頁前後で、1月から始まって12月末まで、2週間おきに開かれる例会の記録という形をとっている。その例会では訪れる客人たち、ピロンさんやらオールドさんやらのお話や詩の朗読があり、遠足や一人芝居があったりする。そうやって紹介される作品は108編で、旧版から除かれたものが20編、新版で加わったものが18編である。旧版は1992年の発行であり、インターネットや携帯電話などの記事が時代の変化に即した内容に書き換えられ、新版がUEAからの出版になったことでロシアの記事がかなり減らされた。アート紙になったので写真や図版が鮮明になり、UEAから資料がたっぷり提供されて、執筆者の顔や単行本の表紙の写真などが加わりビジュアルになった。2色刷りでレイアウトもすっきりしとても読みやすい。少し大判になったが、本文の活字は小さいままで高齢者には残念な点である。メルニコフ先生が使った教材はすべて新版に再録されていた。

  前書きでコルカーさんは、この本で勉強して「エスペラントを母語と同じレベルで使えるように」という銘を掲げている。そのために、各章にはその章で取り上げた作品に関連した、よく工夫された練習問題があり、講習会や独習でこれらにたっぷり時間をかければ、上に掲げた目標が達成されるのは間違いないだろう。

  この本には、「エスペラント文化の案内書」という副題がついている。選ばれた作品には、ピロンさんやオールドさんのものの他に、当然のことだがザメンホフさんのを始め、カロチャイ、ヴァランギャン、ラペンナ、エロシェンコ、フォルジュ、ロセッティ、ボールトン、ネメレ等、主だった人たちのものが網羅され、さらにどの章にも詩が一つか二つあり、詩をほとんど読まない私には「エスペラント詩入門」となりありがたかった。多くの作品は2頁前後にまとめられているため、当然、気に入った作品を元の形で読みたいと思わせられる。また、各作品の著者、作品に出てくる地名、事項、難しい単語などには肩番号がつけられ、各章末のコメント集で、説明されている。例えば、kabeiの起源など。人名には生年と没年、及び、主要な著作が紹介されている。日本人では、いとうさん、宮本さん、小坂さん、上山さん、小西さんらの名前が出てくる。この要領よくまとめられたそれぞれのコメントが、この本の魅力の一つである。「エスペラントは歴史が浅いから、文化がない」と反論されて、返事に困ったことはないだろうか?エスペラントの初級レベルを終えた人は、是非この本で先人達の築いてきたエスペラント文化に触れ、自分に合った新しい魅力をエスペラントに見つけて欲しいと思う。

  さて、新版にはブロゾフスキーさんの「なぜ、アメリカ人がエスペラントを?」という、日本では良く知られている(「ノーバ・ヴォーヨ」1997年)小論文が採用されている。「英語が母語であることの優位性」という題で、私はそんな特権は要らないと訴えているドラウンさんの論文も加えられた。「エスペラントを母語と同じレベルで使えるように」を目ざす人たちへの、英語かエスペラントか、という問題に対するコルカーさんの解答のように思える。(1月6日、2003年)

  ボリスさんに請われて、私がエスペラントへ訳したもの(ボリスさんにチェックしていただいたもの)が このリンク先で読めます。広告も一緒についてきますが、よろしかったらクリックしてみてください。(6月22日、2003年)
  





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