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BIBLIOGRAFIO-3


Ĉielarka estonto

 … 「ラ・モヴァード」  2003年5月号(623号) 8頁

  いかなる戦争も許されない、きれいな戦争、良い戦争などというものは存在し ない、と考えている者として、また、母に手を引かれて焼夷弾で燃え上がった 街を逃げ回ったことがある者として、米英軍によるイラク攻撃も、イラク軍の 反撃も、ともに一日も早く止むことを切に願う。この本を読むと、第2次世界 大戦時であってさえ、空爆がいかに恐ろしいものかが良くわかる。今、テレビ でイラク攻撃を見せられている時は、空襲警報のサイレンも、ミサイルの破裂 音も、音量調節で小さくできるが、それでも画面がゆれたりしてただならぬも のを感じないではいられない。バグダッドでは耳をふさいでも何の役にも立た ないだろうし、ましてや命を失う恐怖が絶えずつきまとっているのだ。

  2002年発行のこの本の題名を見て、そして、ジョエル・ブロゾフスキーさんの 手になる虹をあしらった明るい表紙デザインから、恋愛小説のようなものを考 えそうだが、実際、最初の1、2章はそのように始まるが、主題となっているの は、第2次世界大戦下のマルタ島への伊軍、独軍による空襲と、それに耐えた 住民たちの生活の様子である。

  マルタ島は、ジブラルタル海峡とエジプトを結ぶ中間点に位置し、第2次世界 大戦時、英国の統治下にあった。そのため、北アフリカ戦線を有利に進めたい 枢軸国側にとって、マルタ島はどうしても手に入れたい拠点となった。1940年 6月11日の日曜日の朝、はじめてイタリアから10機の爆撃機が飛来し、バレッ タの港が空爆された。空襲警報を告げる教会の鐘の音で、防空壕へ急いで逃 れ、お祈りを唱えながら警報解除の鐘の音を待つ人たち。空襲は日増しに激し くなり、英国からの護送船団による食糧補給が絶たれれば島の人たちは生きの びることができないが、戦争はいつ終わるか予想もつかない。強がりから防空 壕へ入らないで外にいたため、爆弾の破片にあたって死んでしまう若者。連日 連夜の空襲でノイローゼ気味になってしまい、やけくそで危険を承知で離れ島 の教会へ巡礼に出かける人たち。爆弾によるショックで気が触れてしまった警 察官。空襲終了後に、けが人の手当に出かけやっとのことで処置を終えた帰り 道、うっかり注意を怠りケーブルを踏んで爆死してしまう医師。結婚式の最中 に空襲がはじまり、気もそぞろで式を続けざるをえなくなる新郎新婦と縁者た ち。空襲の克明な記録とともに数々のエピソードが語られるが、護送船団が激 しい水雷攻撃に耐えてバレッタ港に着いたとき(1942年11月16日)、島民たち が総出で旗を打ち振り歓迎する場面は圧巻である。

  作者は、1929年生まれ(おそらくマルタ島で)のベテランのエスペランティス ト。医者であり文学博士でもある。何年も前に書かれた原稿が2002年になって やっと出版されたと思われ、エスペラント文に古さ、堅さを感じるが、さすが 文学者の手になると思われる美しい表現や詩的な描写で、地中海にぽつんと離 れて存在するマルタ島の歴史が語られ、平和を愛する住民達の生活が描かれ る。それは、「昼間だけは酔っていない」といわれるワイン好きの村人たち が、工面して手に入れた食材で作るピクニックのお弁当の豊かな中身であり、 結婚式の質素な宴の様子、などである。そして、何でこんなところに爆弾を落 さなければならないのかと、いつまでたっても進歩しない人間の愚かさを改め て考えさせられる。

  しかし、この本はまたこの時代とともに生きた作者の分身たち、すなわち画家 フレデュー、彼と結婚の約束をするバレリーナ、彼女を横取りしてしまう医 者、この医者の姪でのちに画家と結婚するミリアムらの物語でもある。マルタ 島の包囲がついに解かれて、島の人びとが題名のように明日への希望を取り戻 す物語である。(3月31日、2003年)





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