エスペラントのビデオ教材, "Pasporto al la tuta mondo" のシナリオも書いている本書の著者,グビンスさんは、今年(2004年)の北京における世界エスペラント大会の新プログラム, "Kleriga Lundo" の "Verkado en Esperanto" のコーナーで追加発言に立ち,ドラマ作りの方法として,(1)いつも小さなメモ帳を持っていること(アイデアや気にいった表現を思いついた時のため),(2)聞き耳を立てること(通勤電車などで),を紹介した。彼の作品に見られる,軽妙でウイットに富むセリフのやりとりの多くはこうして集めたものなのだなと,私は納得した。本書には,1994年の UEA の文芸コンクールで1位となった "Konto de l’vivo" と,2位の "Hotelo de l’teatro",及び, "Bela la mateno", "Lunĉo ĉe Lucinda" のドラマ4作品が収められている。
"Bela la mateno" は、前衛的な作品である。舞台中央には脚立にのり,玩具の鉄砲を持った若者が敵の侵入を見張っており,その下には脚立の足をのこぎりで切り落そうとしている女性がいる。そこへやって来た年老いた放浪者がその不条理な状況を変えようとするが,結局,くだんの鉄砲に撃たれて死んでしまい,何も変わらないまま幕となる。1998年に出版された本書だが、テロを理由に戦争を仕掛けるブッシュ大統領のことをふと考えた。
"Konto de l’vivo" は,失業者の増加に悩む町にタバコ工場を誘致させようとする実業家と,環境汚染や住民の健康被害につながると反対する老議員の争いをメインに,その老議員が若い頃におかした過ちの清算をサブ・テーマとした正統的なドラマで,そこそこ感動できる作品である。
以下の2作品は,あらすじは他愛もないものだが,私は個々のセリフの見事さに全く感心した。
"Hotelo de l’teatro" は,劇場に面して建つホテルで密会しようとしている男と若い娘,その娘に虫がつくのを恐れる母親,男の妻,及び,盗聴好きで狂言回し役でもあるホテルマンが織りなすドタバタ喜劇で,幕切れはとてもシャレている。
"Lunĉo ĉe Lucinda" は,妻が今日はルチンダのところでお昼を過ごすから,と言ったの思いだし,車が故障して会社へ行けなくなった夫が秘書を家へ呼び,一方,妻の方は夫が会社へ行ってしまったと思い,愛人に電話して家へ呼ぶ。当然のことながら、4人が鉢合わせし大混乱となる。弁解,言い逃れ,ののしりあい,揚げ足とりなど。
特にこの2作品で,エスペラントの豊かな表現力が存分に発揮される。エスペラントで生活しているのが当たり前として会話がやり取りされるので,たとえば,16-regule simple あるいは,facile, さらには,tabel-vorte klare などの副詞や,動詞の語尾を連ねたosasiso という単語などがごく自然に使われる。私もエスペラント文化の享受者として,機会を見つけそれらをエスペラント国の住民に対して使って見たいと思う。その住民なら,たとえば,「ワインは地下室にどっさりあるよ。UEAのリブロセルボにある本のようにね。触られもせず,カビが生えて」(Vinoj kolektiĝas en la kelo kiel volumoj en la libroservo de UEA… netuŝataj, ŝimantaj)と言われたら微笑を禁じえないであろう。メモ帳を携えたグビンスさんの周辺には,こういったやりとりを楽しんでいる人たちが沢山いるにちがいない。