夜行高速バス乗車レポート

 私自身は、それほど夜行高速バスを利用しているのではありませんが、安さと時間が有効利用できるのが魅力です。


大阪(梅田)→新潟 「おけさ号」(新潟交通) 1995年 1月
 
 阪神大震災直前の連休に利用しました。
 阪急三番街のバスターミナルを出た後、早速交通渋滞となり、経由地の京都駅前に着いたのは、定刻より1時間遅い23:30。ここからの乗客は、寒い路上でずっと待っていたのでしょう。
 再び名神高速に入って滋賀県に入ると、再び渋滞に巻き込まれ、ほとんど動かなくなります。回りを見ると屋根にスキーを乗せた車が多いようで、信州方面にでかけるのでしょうか?
 近江八幡付近から雪が積もり始め、北陸道の入口−米原に着いたのは未明の3時でした。北陸道に入っても渋滞は続き、20キロ先の木之本まで2時間を要しました。ここで全車本線から降ろされ、チェーンなどの滑り止めをしているか検問を受けます。
 ここからは渋滞も解消、福井付近で夜が明け、乗務員氏からお詫びのアナウンスがありました。
 深夜に乗務員の交代のみを行う予定だったサービスエリアなどでは、乗客の下車も認められ、食料を買い込んで腹ごしらえをします。
 結局、新潟には6時間遅れの13時前に到着したのですが、ここまで遅れたのは、連休前という時期と名神での積雪という悪条件が重なったためで、通常は夜行バスの遅れはそれほどないと思います。

大阪(梅田)→宇和島 「サラダエクスプレス」(阪神電気鉄道) 1995年 5月
 
 この路線は1998年5月にも乗車しましたが、最初に乗ったときは震災の影響で、阪神高速武庫川ランプから先は一般道を走りました。夜間とはいえ交通量も多く、経由地の三宮には約1時間遅れの0時過ぎに到着しました。
 ここも路上の停留所で待合室などはなく、さきの京都駅といい、途中からの乗車には不便があるようです。
 三宮から先も一般道で、震災で壊滅状態になった長田区を通って、須磨から自動車専用の第二神明道路に入りました。翌朝は遅れを取り戻し、ほぼ定刻通り宇和島に到着しました。
 2度ともゴールデンウイークの連休前の夜ということもあり、かなりの利用があり、それぞれ、7台・5台の運行でした。写真は2回目に乗った時のもので、共同運行先の宇和島自動車の車です。

大阪(なんば)〜仙台 「フォレスト号」(宮城交通) 1996年 9月
 
 走行キロ930キロ余りという、今まで利用したバスの中で最も長距離を走る路線です。
 木曜の夜でしたが、2台での運行で思ったより利用者が多いようでした。1号車の宮城交通担当車に乗車しましたが、2台目は近鉄バスでした。
 20:32にOCAT(大阪シティエアターミナル)を出発、京都駅に立ち寄った後、一路東へ向かいます。途中で停車は乗務員交代のみで、寝るのには早い時間ながら、酒を飲むほかにすることがありません。
 未明の3時頃に東京都内に入り、首都高速道路に入りますが、こんな時間でもところどころで渋滞しているのは、さすが首都といったところでしょうか? 六本木付近のネオンも賑やかでした。
 レインボーブリッジを経由、川口ジャンクションから東北道に入ったのは午前4時頃でした。
 順調に北上していきましたが、仙台市内で朝のラッシュと重なり、仙台駅前に到着したのは、定刻より30分遅れの8:40頃でしたが、これだけの距離を走るにしては、割と正確なダイヤだと思います。
 なお、帰りも行きと同じバスで、仙台出発は宵のうちの19:30で、栃木県の那須高原S.A.で下車休憩がありました。  所要時間が長いのはちょっとしんどいですが、近畿と東北を直結する路線として、利用価値は高いと思います。
 

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